てくてく歩く・モラハラ/DV 徒然ブログ

モラハラ/DVの徒然。20年間に渡る苦行を強いた夫が私に何をしたのだろう。

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・ 庭造りと「子供云々」

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地味な庭造り作業ですが、頭が空っぽになって良いです。


一昨日、「女は子供を産んで当たり前」というトンデモナイ発言を聞いて、「ああ・・・」と、ため息をついたのですが、このまま「だから何だ」と、これまでと同様にしようと思います。


子供云々という話を聞いている時「ですからね、私はもう「子供がどうの」という年ではないんですよ・・・。」と、ちょっと心の中で笑ってしまった。

私のように産めないっていう人も沢山いるでしょうし、どんな生き方も大丈夫な風になるといいなあと思います。


子供がいない女性が堂々と生きられるように、私が卑屈になる訳にもいかないと思います。

多種多様の理由で、様々な生き方が可能になると良いなあと思っているので、「子供を云々」と言われても、そこから逃げられない場合は、無反応を貫いてきました。

「当然こうあるべき」というものは、どんどん形を変えていくのですが、事、女性の事になると生殖活動に口を出す男性や女性も多かったので、その時には絶対に笑わない、憮然とした表情(表情が消える顔=ボッケーっとして遠くを見てしまう)とかをしてきました。

「言った本人の目の前でスルー」すると、それに関しては言わなくなります。驚いたことに。

言った人は「打っても響かない・反応ゼロ」というだけで、ポキッと折れてしまうようです。不思議な現象です。なんででしょうか。

ただ、頭を空っぽにして表情を消すだけです。

逃げない、戦わない、スルーするです。

(逃げられる場合は、さっさとその場を去ります)


そして、その後、何事もなかったように、他の事を楽しくやってるという感じです。

危険が去ったら、こんな感じになりつつあって、これでも生きてきたんだよな・・・と、思い出したりしています。

まじめに取り組む事には集中しますが、自分しか自分の人生を歩まないので(他の人の人生も歩めないので)、誰かに責任を取ってもらおうという考えが全く無く生きてきた事にも気が付いたりしています。


地味な庭造りが、ちょっと良い感覚を取り戻す事に繋がっていると思っています。

(膝のケガは、膝用サポーターが素晴らしいので、短時間集中型の作業ができてます。こういう進化は好きです)



横井庄一さんの「明日への道」を半ばまで読んで、「生き延び方は、自分流。自分を信じる。他人のせいにしない。繊細で警戒心が強く、怖がりであればあるほど生き延びられる」という感じなので、「あれ、私と同じかも。そこまで究極の極限状態じゃないけど」と思ったりしています。

「夜と霧」の著者のV・E・フランクルさんも「自分はとても繊細」と自己分析なさっていた方でした。
(強制収容所を生き延びた方です)

「夜と霧」は、以前はあまり読んだ人を見かけなかったのですが、最近、私の状況を説明する時に「夜と霧という本の中の状況に非常によく似ています。」と、話し始めると、分かる方が多いので驚いています。

「読んだことある」という方に出会えるようになったのは、新版の「夜と霧」以降だと思います。


私は、収容所生活が、パワハラ・モラハラ・DV・虐待(すべてのハラスメント=暴力・いやがらせ)の最たるものだと思っていて、本「夜と霧」を読む度に楽になります。

不思議な本です。

新版も読みやすいです。

「そこから逃れられない場合でも、生き抜く事には意味がある」という本だからでしょうか。


生きている限り、生きることからは逃げられないので、心に届くのかもしれません。



あまりにも辛い時は、宇宙の話を読んだりもしていました。
(例えば、ホーキング博士の本とかです。何度読んでもワカラナイけど)



実は、「子供云々」と言った方には、事情がありました。

表で書くのも何なので、「追記」で書きます。


追記です。

じつは、その「子供云々」は、私に対して言った言葉ではありませんでした。

(言った本人は気が付いていないのですが、「全部自分で話しちゃった、心の内を暴露したこと」にも気が付いていません。多分。)


「子供を産まないから、あんたダメなんだよ。子供は良いぞ。いないとダメだぞ」と言った方(男性)には、私より少し年下であろうお子さんがいらっしゃいます。

お子さんというと語弊があるかもしれませんが、私が今年49ですから、45ぐらいかなあ。(深追いはしません)

ここに引っ越してきてから10年以上になるのですが、その方は、そのお嬢さんの話を一切なさいませんでした。

なぜか?

「子供に全く相手にされてないから」。

とっても簡単な理由です。


父親って心配して、不器用になってしまうことがあるかもしれません。(子供からしたら、毒親です)

「子供はまだかマダカまだかまだか(エンドレス)」

「婚姻はしないのか?婚期、婚活、テレビで言ってたがどうのこうの・・・」

「実家に帰ってこ~いよ~(もう、演歌調)」

「連絡しろ。着信ぐらい残せ。心配心配心配崩壊心配心配・・・(呪いか?)」

「オレの、オレの、オレの話を聞け~♪」

「親孝行とは云々(尋常小学校1年生必修科目の「修身」の中にあります)」

「家業を継げ(ファミリービジネスという感じでしょうか)」

「婿は来ないのか?探せよ婿を」

「オレは最近病気がち(この手の話は、子供にとってはタブーなのですが)。介護は?面倒はだれが見てくれるんだ?」


その時の話の内容から想像するだけで、このくらいでしょうか。



あまったれんじゃね~!

自分のケツは自分で拭けい!

自分の人生を、他人(それが子供であってもなくても)に背負わせる気まんまんの大人は嫌がられるにきまってるでしょう・・・。


どおりで、この10年間以上、その女性の存在は知りませんでした。

知る必要もないですし、その女性はその女性の人生や生き方がありますから、わざわざ聞きません。


困って悩んでるんでしょうね。その男性は。

「親の期待は、単なる重圧」。


という追記でした。


(どの立場に立てば、被害と加害になるか分らないですが、この場合、私は「スルーして無かった事にする」に決めています。知らんがな。)



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